無差別八方美人?

全然無差別じゃないおじさん、はてなブログに引越し中です。

僕らもいつかは昔になるか....「ムカシ×ムカシ」森博嗣(著)講談社

 相変わらず犯人が誰であるかなんて重要では無い森作品でした。
 犯人も直ぐに分かってしまいます。
 でも、それがまた良い。
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 資産家の夫婦が殺され、”SYアート&リサーチ”のいつものメンバー(小川と真鍋)と臨時アルバイトの女の子”永田”は、その家の美術品鑑定を仰せつかり、事件についてあーでもないこーでも無いと想像を膨らませつつ作業をしているのだが、今度は男性の死体が敷地内にある井戸から見つかり、どうやらこれは連続殺人かもしれないぞ!と、定番の流れへと突入してゆくこととなります。
 良い意味で「古臭い」ところがあります。事件の設定もそうですが、森さんにしては丁寧に犯人の動機が語られているし、一般的な人間の思考で理解出来る殺意を感じました。まあ、僕が僕を一般的であると定義した場合の話ではありますが。
 誰が犯人であるかが重要で無いと思うのは、事件に首を突っ込んでいるうちに資産家一族と犯人の関係性を知ったことで、自分と向き合うことになる中年女性”小川令子”の心模様こそが本作の魅力の大部分を占めていた気がしてならないからです。
 場面に合わせて誰目線であるかが変わる本作、序盤は真鍋君の飄々とした中から出て来るウブさというか、庶民らしさに微笑ましく進むものの、物語が大事な局面に入ってからの小川令子目線では、中年である彼女の抱える不安定な感情が犯人の悲しみに重なり、直接犯人が事件について語るのではなく、第三者の感じたままで犯人の心情が浮き上がるように構成されている辺り、森博嗣さんらしさを感じました。
 僕も小川さんと同じくらいの年齢なので、彼女の浮き沈む心の状態が凄くよく分かります。若い世代を微笑ましく想う心と羨む心が共存し、いくら仕事を上手く熟せるようになっても満たされない何かがある。何がきっかけになったのか自分でも分からないくらい無性に泣きたくなる時だってざらだ。 この先の将来に期待出来そうで出来ない人生の折り返し点に辿り着いた彼女と僕の明日は何処へ繋がっているのだろう?....考え出したらキリがありません。
 湿っぽい話はとりあえず棚上げしておくとして、タダでは転ばないSYアート&リサーチ社の代表”椙田”さんの商魂たくましい姿で幕引きするところなんかまた良いですXシリーズ。あぁ、やっぱりこの人はこうでなくちゃとつくづく思わされます。同シリーズから森博嗣作品に入った人にはなんのこっちゃと感じるでしょうけど、S&Mシリーズの系譜を全て追って来てる身としては本当に嬉しい内容です。小川さん達が椙田さんのことで驚くたび、彼の本業を知ってる僕らの心はくすぐられますしね。
 今回、前作で登場した永田さんがアルバイトとしてレギュラー入りした形になって、小川さんとはまた違った魅力を振り撒いていたのもなかなか良かった。思わせぶりな態度で真鍋君を振り回しているのも楽しかったです。期間限定のアルバイトとして登場したわけですが、次も何かしらの役割を担うキャラとして残って欲しいな。
 やっぱりXシリーズは良い。保呂草さんが大好きであるのも大きいですが、小川さんのちょっと抜けたところのある可愛らしさも好きだし、真鍋くんの空気を読まず場を凍らせる一言一言もたまらない。
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 今回もご馳走様でした森先生。