昨日、作家の内田康夫さんが亡くなっていたことが報じられた。敗血症によるものだったようである。
内田康夫さんといえば、2時間ドラマ(ミステリー物)の原作者というイメージばかりで、正直作品内容はほぼ覚えていなかった。
ただ、一つだけよく覚えていたのが、のちにTVで続いた浅見光彦シリーズより先に作られていた劇場版の「天河伝説殺人事件」だった。
立ち並ぶビル群の麓で男が死に絶える。男は天河神社という神社の鈴を持っていた。主人公であるルポライターの浅見光彦は事件のことなど知らぬまま、その神社へ取材に行き、能を代々継いで来た家のお家騒動に巻き込まれてゆく.....というか、積極的に首を突っ込んでいく。
セリフが棒読みとの評判の榎木孝明(左)さんだが、飄飄として底がしれない感じが出てて僕は良いと思った
馴染み深い役者さん達が次々と若い姿で登場してくる
話の流れとしては至極シンプル。頭は切れるが探偵でもない穀潰しな男が、捜査内容をベラベラと喋る刑事を利用して、格式張ったお家ならではのお家騒動から端を発した殺人事件の真相を解き明かすというもの。終わってみればごく普通のミステリーである。
しかし、冒頭のカット繋ぎの切れ味の時点で凄い物を見せられてるなと僕は思った。小気味良くメリハリを効かせて進行していったかと思えば、ここぞという場面はじっくりと回してみせる。まるで撮る側の意志の強さが撮られる側にも影響しているかのような絵力を感じた。
小道具には見えない出来栄え。まさか小道具じゃないのかな?......
足運びが印象的なカットだった能舞台。この映画のせいで能に興味を抱いた人もいるのでは?
この映画を観たのは子供の頃で、監督の事など頭に無かった。恥ずかしながら今回観直したことで本作が市川崑監督作品であったことを知り、だからこんなに力のある映画だったのだなと合点がいった。庵野秀明が市川崑監督の仕事に魅了されたのも分かる話だ。好き嫌いはあるだろうけれど、映画人ならば素通り出来ない人物で間違いない。
ただ、当時既に生ける伝説であった市川崑さんが、何処まで本気でこの作品を撮ったのかはわからない。素人目にはエネルギッシュな映画に見えるし、とてもじゃないが76歳がメガホンを取った映画だなんて信じられない。どうしても出演している役者や作品内容が犬神家の一族に似ているため渋い評価も多いけれど、監督の晩年の良さが垣間見える作品の一つとして、これからも残って行けば良いなと思った。