”小白の栴檀草”の花言葉を君に贈ろう「兇眼」/打海文三/1996年/徳間書店/小説/感想
もう色々と本が山積みだったり、買いたい本がまだまだあるけれど、しばらくは”打海文三”さんにどっぷり浸かろうと今回も”アーバン・リサーチ”シリーズを読みました。
そのむかし大学助教授だった主人公”武井”には、触れてもらいたく無い過去があるのだが、その過去について記事にしたいから洗いざらい話して欲しいとノンフィクション作家の女”高森夏子”が近づいて来る。「男が語るレイプ」というゲラ原稿を片手に持って。
半ば脅迫とも取れる執拗な夏子の要求に屈し、彼女が望んでいた答えとは違う、男のセンチな物語を語る武井。夏子はそんな武井に同情したのか、殺されたライター仲間が追っていた事件を調査するのを手伝って欲しいと依頼。夏子のせいで警備員の仕事を失ったばかりの武井は、その依頼を受けて事件を調べることとなります。
さて、今回は素人が探偵として活躍する回なんですが、いつも通り彼をサポートする立ち位置にお馴染みの”ウネ子”さんや”佐竹”さんが出て来ます。とはいえ前回ほどの活躍はなく、あくまでも主役はレイプを疑われた男”武井”と、彼が事件を追ううちに浮かび上がった子供達になります。
その子供達というのが、殺されたライターが追っていたカルト宗教『きざはし』の信者達が集団自殺した時に孤児になった子供達で、彼等は”きざはし”の集めていたお金を使って自分達だけで生活することを選び、それを邪魔する者達を排除して永遠に終わらない”ままごと”を子供達は続けようとしているのですが、少女に片目を刺されレイプ犯だと世間に思われてしまった武井によって、そんな幻想が打ち砕かれてしまいます。
絆を壊したく無い彼等の一途さを愛しく思いつつも、だからこそ彼等が犯した罪を見逃せない武井の形容し難い想い。そして宗教に身をやつした親を持つ子供達の複雑な心模様が絡み合ってなんとも切なくたまりません。
特に子供達の中で唯一の女の子である”エル”と武井の関係性が見所で、過去に自分を男として愛していた少女の本気さに気付かないフリをして、取り返しのつかない事態を招いてしまった武井が、代償行為のようにエルを気に留めているのが良い。彼女達からしたら、余計なお世話でしか無いのだが、本心ではまんざらでも無さそうに匂わせているところに打海さんらしい温かさを感じ、たまらなく愛おしくなります。
本当に打海さんの作品には不器用な人ばかりが出て来て最高です。主人公が思い描くようなハッピーエンドには簡単に結びつかないのがまた良い。不完全な大人の身勝手さの犠牲になった子供達を、ただの被害者ではなく、一人前の人間として扱っているのも作者らしくて好きです。
頭でっかちに考えるより、肌で感じるのが心地良いから打海文三は止められない。
関連過去記事
『茨の道を抜けた先には「されど修羅ゆく君は」/打海文三/徳間書店/1996年/小説/感想』