無差別八方美人?

全然無差別じゃないおじさん

認知しない。認知されない。その時俺は....

俺はどちらかと云うと薄情なんじゃないかと思う。
 
家族が自分に対してしてくれることに”それはそれ、これはこれ”と線引きを必ずする人間だから、身内が勝手にしたがることに「感謝しろ」と言われても全くその気になりはしない。
 
だから、問題はあっても長く過ごしていた叔母さんとの生活を引き裂いてでも、自分達の地元の介護施設に祖母を”入れる”ことに、少なからず抵抗があった。
 
祖母は数年前から認知症が進行し、家族の名前と顔が一致しなかったり、事実と違うことを繰り返し口にするようになった。住んでいる場所が場所なため、祖母の移送のため孫である自分が車を運転したのだが、どうやら介護関係の人間だと最後まで思っていたようだった。過去の印象深いことはするする出て来る(事実かどうかはわからないけれど)のに、ここ20年くらいの話になるとすっぽり抜け落ちているようで、認知症になる前に顔を合わせて話したことすら忘れ、子供の頃に会ったきりだから誰だか分からないと言っていた。
 
祖父が不逞を働き蒸発しているので、祖母は女手一つで三人の子供を育てた。いつ会ってもしっかりした女性だった。しかし、認知症が酷くなってから彼女が口にするのは哀しいことばかり。
 
”好きで結婚したわけではない”
 
”父親はすぐ手をあげた”
 
”子供達はみな遠くに行ってしまった”
 
”自由な時間が増えてもやりたいことなどない”
 
そんな調子である。どうも叔母と過ごしている時も、とにかく時間を持て余していたようだ。ただひたすら生きる為に必死で働いてきただけに、趣味すらないと云う。祖母の様子を目の当たりにするまでは、正直施設に入れるのはどうなのか?と思っていた自分も、流石にこれは無理かもしれないと感じながら鬱々と借りた送迎車を運転していた。
 
結局、半ば騙すような形で祖母を施設に入れることになったわけだが、同じくらいの世代の人と喋るだけでも気が紛れるようで、着いて早々馴染みつつあったと父から聞いて少し肩の力が抜けた。狭く汚いアパートでデイサービスの日以外、延々と時間を持て余している生活よりマシであってくれたなら幸いである。
 
しかし.....人間どうなるかわからないものだ....明日は我が身かもしれない.......
 
「楽しい一日になりました」とドライブを楽しんでいた祖母。それに後ろめたさを感じる我々。自分達が認知症になっても、その罪の意識は消えないかもしれない。
 
それでも、足腰や歯や毛髪を失おうと記憶だけは失いたくないなと思った。