自我を持ったAI<スカイネット>が人類との戦争を始め、絶滅寸前まで追い込むも、一人の男<ジョン・コナー>の出現で人類の抵抗が強まり、業を煮やしたAIが二足歩行ロボットだけでなく、まさかのタイムマシンまで完成させてジョンが生まれる前、母親の命を狙おうとする。そして人類もそれを阻止するべく一人の男を過去へと送り込む。一体どうなってしまうのか?
それがターミネーターと云う作品の始まりだった。
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スカイネットが自我を持つことになるのは1997年のマイケルジャクソンの誕生日であり、今これを書いている自分の誕生日でもある8月29日。ターミネーター公開時は近い未来だったが、今ではそこそこ遠い過去になってしまった。ちなみに、T-800やT-1000を送り込んだのは2029年のことであるから、辛うじて未来に留まっている。
今朝は数年ぶりにターミネーター2を観た。今年の8月24日に日本公開(どうせならスカイネットが自我を持った日に合わせて全世界同時公開とかしたら良かったのに)から30年の節目を迎えるため、ついつい観たくなってしまった。頭蓋を踏み砕いて進むスカイネットのロボット群から始まる絶望的な冒頭からして痺れるわけだが、まじでこのシーンどうやって撮ったの?と、今でも思ってしまうほど迫力のあるアクションシーンの数々には何度目の鑑賞でも唸ってしまう。
そして、ただのB級映画の枠に収まらない重厚なSF観や、酷い待遇の前作主役サラと人類を救うかもしれない拗ねた少年ジョンの母子を文字通り救うことになる一体のロボットの交流が実に良い。サラのモノローグが効果的で、何処か詩的なものすら感じてしまう情景があり、おかげでジョンとT-800の関係は何冊も薄い本が描けてしまいそうなほど”尊い”ものに仕上がっている。大抵続編は一作目を超えられないが、ターミネーター2に関しては、そのジンクスは当て嵌まらなかったと言えるだろう。
シュワちゃん絶頂期
幼い頃のエドワード・ファーロング可愛すぎる....
流体金属は反則w
タイムパラドックスに関しては、突き詰めると他作品同様にホコリしか出ないけれど、冷戦の影響が残る時代に、人間ではない存在が人類を客観的に見て必要かどうか判断を行い、核による自滅を促すと云うSF設定は非常に重く、一作目で描けなかった核の怖さを表現したサラがフェンスを掴み叫ぶ夢のシーンは強烈で本当に怖かった(シュワちゃんが未来から降臨し、衣服を揃えるシーンなどはかなり笑えるけれど)ノストラダムスの大予言について真剣に考えていた時と同じくらい、核で焼かれる遠くない未来に心が揺さぶられたものである。
今では人類最大の敵はウイルスと自然。ウイルスは少しだけ未来が見えてきたが、自然の方は耐え切れなくなって災害と云う名のヒステリーをちょくちょく起こしている。これから先どうなるかは、人同士の我慢比べ次第になるだろう。核どころじゃない、泥沼の生存争いが直ぐそこまでやって来ている気がしてならない。
既に世の中に欠かせない存在になっているAI。果たして本当の意味での人工意識が生まれる日が来るのだろうか?
そしてその時、我々はどんな審判を受けるのだろう?......


