一世紀近く生きた祖母が亡くなった。
2年ほど前だったろうか?地元から何時間もかかる土地で暮らしていた祖母を此方に連れて来て施設に入れたのは。
足腰も歯も丈夫な人だったが、いつ頃からか認知症が酷くなり、よくわからない被害妄想を電話越しに叩きつけるようなこともしばしば。そんな祖母の状況につけ入るような叔母の問題もあり、父は引き取る決心をしたようだった。新型コロナなんて一歳関係ない頃に、家族総出で遊びに行った時は、まだまだ“誰”が“誰”なのか、しっかり理解していたと云うのに、何故呆気なくこんなことになってしまうのだろう?
祖母を引き取りに行った日の、徒労に終わる会話の繰り返しは、流石に自分もショックで仕方なかった。
自分もいつか、そうなってしまうのだろうか?
考えたくも無い....
あの祖母を乗せての果てしない道のりで、個人的な別れは終わっていたのか、亡くなったと聞いた時の衝撃や悲しみは少なかった。安堵と少しばかりの労いの想い。
『お疲れ様』
そればかりが浮かんでは消えた。
いざ遺体を目の当たりにしても、この調子ならば最後まで泣きそうに無いなと思っていたが、いざ火葬場で焼く時になり、収められて行く祖母の棺を見ていると「そんな場所に入れないでくれ!」と、涙が溢れそうになった。故人に対してだけではなく、自分がそんな場所に入れられたらと想像したのだろう。いつか自分の親のことを焼く日も来るのかと思うと、溜息しか出なかった。
狭い壺に、すりこぎ棒で押し込み、まだ焼かれた熱が残る骨を抱き抱えた時の手の感触は、いまだ生々しく残っている。
俺はあんな狭い場所に閉じ込められたくは無い。命は骨の一片に至るまで、循環すべきだと思うのだ。
そもそも死んでまで誰かの都合に付き合わなければならないとか、うんざりではないか.....
婆ちゃん。遠いからって、あまり逢いに行かなくてごめん。
いつも大量のお菓子を贈ってくれてありがとう。
いつか食べさせてくれた焼き鳥、本当に美味しかったよ。
さばさばした貴女の事が好きでした。
ゆっくり休んでください。
お疲れ様でした....