なんとも後味の悪い大事件が起きて2日が経とうとしているが、未だ大勢が形容し難い想いを抱きながら、怒ったり嘆いたり、中には歓喜する者までいたりと、日本人の心は荒れに荒れている。
自分は、正直言って安倍晋三氏に好感を持っていなかった。彼のもたらした政策により、経済状況が上向きになった人が大勢いたようだが、それはあくまでも彼の政策の影響が出易い分野だけの話で、個人的にはまったく恩恵を感じなかったことと、周囲の動きに対する舵取りが甘かったせいで、本来些細なことで済んだかもしれないことが拗れに拗れて大勢が巻き込まれてしまう事態を作り出してしまったことが気に食わなかった。
ただ、だからと言ってこんな死に方をする必要を感じない。誰もが納得する政治など、何処の誰にやれると云うのか?彼以外の人間がやって、果たして上手く行っただろうか?勿論その逆も然りである。”たられば”なら俺でも言えるのだ。別に安倍氏を擁護したくも無いし、彼の宗教との付き合いかたのせいで、今回のことを招いたならば、自業自得な一面もあるだろう。それでもあの凶行にはNOとしか言えない。胃の下の辺りがムカムカして仕様が無い。
それと同時に安倍晋三と云う人を手放しで褒め称える人々にもゲンナリする。彼に対するあらゆる感情を拒否したくなり、直ぐにニュースは見るのをやめた。
そんな気分の中、この作品をちゃんと見られるだろうかと思いつつ、なんとなくNetflixで再生したのだが、直ぐにヴァイオレットが居る世界に引き込まれて夢中になって目汗を流した。そう、俺が見たいのは、この光景なんだ。嘘でもご都合でも、優しさが優しさを紡ぐ世界なのだ....
既にヴァイオレットが伝説になっているくだりから始まり、いつもの手紙の依頼と、今度こそ”あの男”との再会に繋がる展開。まさにいつも通りの王道。驚きなんて必要ない。人の想いと想いを繋ぐだけの物語。登場人物の一挙手一投足を丁寧に描き、当たり前の感情を丹念に表現する。それが出来ているからこそ名作足り得ているのだろう。見終わった瞬間、何も手に付かなくなるほど感謝の気持ちで溢れてしまった。彼女の凛とした出で立ちは、大勢の心の中に残っていくはずだ。
この物語で泣けると云うことは、俺はまだ呑気な人生を送れているのかもしれない。ヴァイオレットの姿を乾いた瞳で見ている人の足元にも及ばないレベルで幸福なのだろう。嫌いな相手でも死んだら虚しい。そう思えないほど心が飢えた人にかける言葉など持ち合わせていない。そう思ったら溜め息が止められなかった。
この優しい本作は、あの理不尽な放火事件を乗り越えた人々の手で作られた。
安倍晋三氏の死を乗り越えた人々は何を作って行くのだろう?
願わくば愛に溢れた物を作って欲しいものである。
憎しみに対して憎しみをぶつけても、愛にはならないのだから.....