唯一の肉親である母を失って以来、ナポリの町で一人生きてきた少年アルカンジェロのもとに、ある日ブエノスアイレスから母に宛てた手紙が届いた。かつて母がブエノスアイレスにいたこと、自分に血を分けた兄がいることを知った彼は、彼の地に行く決意をするが、そこで待ち受けていたのは、憎悪に満ちた兄レオンと、母にまつわる禁忌の物語だった。
ブエノスアイレスへ移住したナポリの画家、麗しき流転の双子、血の絆をもたない男だけの一族、アルカンジェロとレオンをつなぐカトリック伝統の「奇蹟治癒絵画」・・・・・
禁断の愛と秘められた傷が織りなす神話の迷宮世界。迷宮にとらわれた魂の、再生の物語。
※本書のそで部分より抜粋
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物語の中心となるのは母親を同じくする2人の兄弟。お兄ちゃんである”レオン”は産まれた時から母親に拒絶され続け、弟くんの”アルカンジェロ”は溺愛してくれた母を自分の描いた絵で死に至らしめている。理由は違えど深い傷を母との関係で負っている2人は、一通の手紙をきっかけに出逢い、互いに欠けている部分を相手に見出してゆくこととなります。
兄弟を引き合わせた張本人に薦められたアートセラピーにより、彼等は閉じ込めて来た自分を曝け出してキャンバスに物語を描き始めます。同じ母を持つ同士の血の為せる業なのか、自然と身も心も絵と共に解け合ってゆく彼等。その過程を”小島てるみ”さんがらしい情熱的な言葉選びと詩的な架空の神話によって綴ってゆくので、現実と幻想の狭間を行ったり来たりしてるみたいな感覚がしてとても心地良かったです。
核となるのは2人の青年の心の解放ですが、2人を苦しめることになってしまった女性ミモザが最も愛した人との物語や、2人にアートセラピーを薦めた叔父”スール”、ミモザに拒絶されたレオンを自分の子のように深く慈しんだ”アントニオ”、アルカンジェロとミモザを見守り続けたナポリの孤児全ての母”スオラ・ルチア”達の心模様も豊かに表現されており、それぞれの想いが血の繋がりに関係無く固く結び合って温かな絆を産み出しているのも素晴らしい作品でありました。
それに相変わらず舞台となる町並みや文化、それをそれと為さしめて来た人々が魅力的に表現されているので、これを読んだあと登場人物達が眼にした風景を僕も見てみたいとついつい思ってしまいます。小島てるみさんが観光案内とか書いたらめちゃお客さん増えそうですねw
小島てるみさんの本の主人公は、普段触れられたく無いと深いところに仕舞い込んでいる感情を真っ裸になるまで曝け出されてしまうので、読者である僕らも自分が誰にも見せたく無いと雁字搦めにラッピングして来た想いが晒されていくような気がしてしまい、それが心地良いやら照れ臭いやらで色んな想いが脳裏に浮かんでは消えてゆきます。
本作の主人公とまったく同じ境遇の人はそれほど多く居ないでしょうが、自分が抱える醜い心を解き放つヒントは多々盛込まれているように思います。作中兄弟はアートセラピーを受けて押し込めて来た感情を解放したわけですが、おなじように小島さんの本がセラピー代わりになった人も多いのでは無いでしょうか?
久し振りの新刊本当に面白かったです。次がいつになるか分かりませんが、じっくり腰を据え素晴らしい街並と心の風景を僕らに届けてくれることを、また気長に待ってますね先生 (= ワ =*)
出版元の東京創元社のWEBマガジンで本作の読み切りが掲載されているので、本編を御読みになった方は是非どうぞ♪
【特別読切】小島てるみ『紫水晶は酔わせない』
小島てるみさんのブログ→ 小島てるみ・境界を越えるざわめき